特集
アンリ・フォションとともにロマネスク彫刻を見る。


その1.ロマネスク彫刻の誕生(2010.1)

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アンリ・フォション(1881-1943)は、1925年に、エミール・マールの後任としてパリ大学の中世芸術史の教授に就任しました。
ロマネスクを含め西欧中世の芸術に初めて正当な光をあてたマールの研究を承けて、フォションは、芸術作品を形体の側面からとらえることにより、ロマネスク、ゴシックの芸術が、それぞれ形成、完成、衰退の進化の過程を有する自律的な様式であり、ロマネスクにおいて、西欧が初めて独自の表現様式を獲得するに至ったことを明らかにしました。そして、様式に内在する固有の法則が形体の進化を決定するとして、その法則の解明を進めます。

フォションは、1931年に邦題「ロマネスク彫刻―形体の歴史を求めて」(辻佐保子訳、中央公論社),続いて1938年に邦題「西欧の芸術1―ロマネスク(上下)」(神沢栄三他訳、鹿島出版会)を著わすことにより、ロマネスク彫刻に内在する法則の解明に挑みます。
同書では多数のロマネスクの作品に言及がなされていますが、これらの作品をMORAのデータ・ベースによって見ていきましょう。
まずは、総論というべき、前著作の「第4章・ヘレニズム美術の残影―アーチ列に並ぶ人像群」と「第6章・ロマネスク彫刻における配置と機能」の2章、及び後著作の「第1章・偉大な実験―11世紀のⅢ」を概観します。

1.アーチ列の人像における2つの類型
   フォションは、フランス、ルション地方のサン・ジュニ・デ・フォンテーヌの楣(まぐさ)浮彫を、ロマネスク彫刻の起源を画するものとして注目します。

サン・ジュニ・デ・フォンテーヌの楣浮彫では、昇天するキリストを中心として、光背を支える2人の天使、そして、その左右のアーチ列の下に3人ずつ6人の使徒が立ち並んでいます。
アーチ列の下に並ぶ人像の構図(「オム・アルカード」と呼ばれます)は、2世紀後半のローマ帝政時代に石棺の浮彫として始まり、その後一部のキリスト教徒の石棺に広く用いられるようになったとされています。アーチと小円柱で切り取られた空間に、正面もしくは4分の3斜めに向いた姿勢で人像が配されるという静的な構図は、重層的でドラマティックな場面が主体だった従来の石棺浮彫と比べ、明らかに異質なもので、ヘレニズム時代の建築のアーチ列とその下に並べられた丸彫人像という構図を、縮小し浮彫として表現したものと考えられます。それ故、フォションはオム・アルカードを「ヘレニズム美術の残影」であると評価します。
しかし、この構図は矩形という便利な形体になじむことから、5・6世紀以降の象牙彫刻やカロリング時代の聖遺物箱、ロマネスクの祭壇前面飾り、楣浮彫等に用いられ、当初の構図を大きく変更することなく、中世末に至るまで広範に利用されてきました。
そのようなオム・アルカードの系譜において、フォションは、サン・ジュニ・デ・フォンテーヌの楣浮彫に従来のものと全く異なる造形原理を見出します。

サン・ジュニ・デ・フォンテーヌの楣浮彫は、制作年代が1021年と特定されており、ロマネスクの石造彫刻の最初期のものですが、ほぼ同時期に制作されたとされるバーゼル大聖堂の祭壇前面飾り(パリ、クリュニー美術館所蔵)と対比すると、両者には相容れない造形上の違いを見ることができます。
ローマ帝政時代の石棺の浮彫からバーゼル大聖堂の祭壇前面飾りに至るオム・アルカードの類型では、人像は自由な姿勢を取って立ち、アーチと円柱は主役である人像に空間を提供するという受動的な役割を果たすにとどまります。まさに、建築のアーチ列とその下に並べられた丸彫人像と同じ関係にあります。ところが、サン・ジュニ・デ・フォンテーヌの楣浮彫では、人像はアーチと円柱の内側に彫られた溝によって造形されており、アーチと円柱は人像の輪郭を決定するという積極的な役割を果たしています。フォションはこの両者の造形上の差に決定的な違いを見出します。
君主の寄進による財を尽くした黄金の浮彫と田舎の小さな教会堂の扉口を飾るささやかな彫刻、制作当時の価値の差に反し、フォションが新しい様式の誕生という栄光を与えたのは後者に対してでした。

アーチと円柱という枠によって人像の形状が決定されるというオム・アルカードの類型は、サン・ジュニ・デ・フォンテーヌだけではなく、これに近接し同時期に制作されたと考えられるサン・タンドレ・ド・ソレードの楣浮彫、11世紀末に制作されたトゥルーズのサン・セルナンの周歩廊浮彫モワサックの回廊隅柱の浮彫等にも見られ、フォションにロマネスク彫刻に内在する「枠組の法則」を発見させる端緒となりました。

2.フリーズや矩形の浮彫における2つの類型
ロマネスクにおける教会堂壁面の装飾には、アーチ列に人像を並べるオム・アルカードの方法の他に、フリーズや矩形の浮彫を壁面に配置する方法があります。フォションは、これらフリーズや矩形の浮彫においても、造形上の差を有する2つの類型があることを指摘します。

セル・シュール・シェールの後背部で見ることができる2種類のフリーズと矩形の浮彫には、それぞれ異なった特徴を見ることができます。
窓の下に並べられたキリストの説話のフリーズは以上の3つの浮彫の中で一番古く、また、窓の上のフリーズは12世紀後半の制作で既にゴシックを思わせるものとなっていますが、いずれも浮彫された諸場面がパネルの枠組に拘束されることなく自由に展開されています。サン・ポール・レス・ダックスやプロヴァンスの教会堂(サン・トロフィームサン・ジル等)でも同様のフリーズを見ることができます。これらのフリーズでは、矩形の枠組は、主役である浮彫に空間を提供するという受動的な役割しか果たしておらず、枠組と浮彫は相互に干渉することがありません。
これに対し、セル・シュール・シェールの周歩廊外壁にある矩形の浮彫は、11世紀に制作され12世紀に再利用されて壁にはめ込まれたものとされていますが、全く異なる原理によって制作されています。矩形の枠組の中に無理やり体を押し込んだ軽業師の人像に見られるように、ここでは矩形の枠組は人像の形状を決定するという積極的な役割を果たしており、人像はその限定された枠組の中に収まるように姿を変えます。
  サン・レスティテュのフリーズにおいても、セル・シュール・シェールと同様、枠組の拘束を受けない彫刻と枠組の拘束を受け枠組に従属した彫刻の2つの異なる類型を見ることができます。

フォションは、枠組の拘束を受けない彫刻がフリーズや独立したパネルに多く見られることから、これを「フリーズの芸術」と名づけ、ギリシャ・ローマの古い伝統を承継するものであるとします。そして、枠組に従属した11世紀の彫刻に、サン・ジュニ・デ・フォンテーヌの楣浮彫と同様、ロマネスク彫刻を特徴づける「枠組の法則」があることを指摘します。

壁面に浮彫を配置するには、壁面の構造体となる石塊の表面に直接に彫刻する方法と、独立したパネルに彫刻して壁面にはめ込む方法の2つがあり、一般的には彫刻の範囲が限定される前者の方が枠組の拘束を受けやすいと考えられますが(事実、ロマネスク初期に、既に見たセル・シュール・シェールの周歩廊外壁の浮彫やサン・マルタン・ド・ボッシェルヴィルの人像のように、石塊の表面にその範囲と正確に一致して彫られた人像等の浮彫が出現します)、今ここで問題としているのは、そのようなことにとどまらず、人像等の形姿像が枠組の拘束を受け入れ、変形されることを容認するという新しい造形原理が誕生したということです。
枠組に合わせて人像に変形を加えるなどということは、万物の尺度たる人間を尊重するギリシャ・ローマの彫刻では考えられないことでしたが、ケルト、ゲルマンの世界においては、抽象的装飾が尊重され、具体的形象を抽象的装飾の中に包摂し変形してしまうことに何のこだわりもありませんでした。
新しい造形原理は、プロポーションや描写の写実性に無頓着であった中世初期の芸術(石造彫刻が出現する以前の貴金属、ブロンズ、象牙等の装飾芸術)抜きには誕生しえなかったということができます。

3.建築機能により生じた空間への浮彫
彫刻を枠組に従属させるという新しい造形原理は、さまざまな形態を有する建築空間に彫刻を取り込むことを可能にするとともに、建築に従属するロマネスク様式の彫刻を誕生させることになりました。

スペイン、カタロニアのリポルの教会堂正面は、枠組の拘束を受けないフリーズ群で構成されていますが、アーチの外側にできた三角形状の部分には、空間を埋めるように動物や鳥の浮彫が配置されています。また、ポワティエのノートル・ダム・ラ・グランドの正面の3つの扉口アーチの三角形状の部分では、上下幅の少ない場所に、坐像、半身像もしくは縮小された人像が配置されています。これらの彫刻は建築空間からの拘束を受けていることを示すものです。
更に進んで、円形の底部から方形の頂部に移行する不自然な形態をした「柱頭」、楔石が並びアーチを形成する「アーキボルト」、縦長の4枚の矩形からなる「中央柱」、逆に横に長い矩形からなる「楣」、半円形の壁面である「タンパン」、これら建築機能のためだけに存在し、人像等を配置することなど全く考慮されていない空間に、敢えて人像等の形姿像を取り込むためには、その空間の枠組に従って形姿像に変形を加えるしかありません。
しかし、このようにして建築空間という枠組に従属し変形されることとなった彫刻は、枠組の拘束を受けて萎縮し奇形化してしまうどころか、そのことによってかえって圧倒的な力強さと新たな表現力を獲得するようになったのです。

4.フォションは更にロマネスク彫刻に内在するいくつかの法則について話を進めていきますが、それについては次回として、今回は、以上見てきた「アーチ列の人像における2つの類型」と「フリーズや矩形の浮彫における2つの類型」の具体例を、MORAのデータ・ベースから探ってみましょう。

(1)アーチ列の人像における枠組の拘束を受けない彫刻 (2)アーチ列の人像における枠組に従属した彫刻 (3)フリーズや矩形の浮彫における枠組の拘束を受けない彫刻 (4)フリーズや矩形の浮彫における枠組に従属した彫刻
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