特集 教会堂の聖なる空間(2003.12)
ロマネスクの表現の神髄は、やはり教会堂にあります。
教会堂は神の姿に譬えられました。祭室は神の頭部、身廊は身体、翼廊は腕を象徴するとされ、それ故教会堂それ自体が聖なるものと考えられました。
教会堂の内部に足を踏み入れた瞬間、身のひきしまるような感動を覚えます。その閉ざされた空間は、空間の一部を切り取ったものであるにもかかわらず(たとえ、それが極小の教会堂であったとしても)、外部にいて私達を取り囲んでいる空間(世界)よりも、もっと広大なもの(宇宙)に感じられることでしょう。エネルギーが充満し、空間そのものが匂うような質感をもって感じられることでしょう。
教会堂それ自体が聖なるものであるとのこの実感が誤りでないことは、祭壇や聖遺物もなく、既に礼拝の場であることを止めてしまった教会堂においても、空間が聖なるオーラを放っていると感じられることからもわかります。私達はその中にただ浸っているだけでよいのです。
MORAのデータ・ベースから、私の独断で選んだ聖なる空間のベストテンを紹介します。いずれも甲乙つけ難いので、順位をつけることはしません。
Fontenay(France Bourgogne)
名前のとおり泉の湧く森の中にあるシトー派の修道院。
教会堂は装飾を排したシトー派教会堂の典型で、天井の尖頭形ヴォールトと身廊・側廊を分けるアーケードの列柱で構成されています。東側内陣と西側正面の窓から射し込む光に、空間はまさに勾うように淡く輝いて見え、今そこに居ることの幸せを全身で感じることができます。
Tournus(France Bourgogne)
暗いナルテクスから堂内に入ると、力強く伸びやかな円柱の列とそれに支えられた開放的な空間に吸い込まれます。
身廊天井は交互に横断する半円アーチと半円筒ヴォールトが独特のリズムを作ります。ピンクの色調で統一された堂内は極めて趣味の良い洗練されたたたずまいで、全く古さを感じさせません。
Vezlay(France Bourgogne)
高窓から射し込む淡い光に白と黒の縞横様の横断アーチが浮かびあがります。そしてその向こうに、大きく窓を開け光を取り入れたゴシックの内陣が別世界のように輝いて見えます。日が沈むと教会堂内に照明が入り、身廊は象牙細工のような繊細な姿を見せます。
全く人の消えた堂内で、チェロを弾く人の姿がありました。
Solignac(France Limousin)
ナルテックスから階段を下りた先に教会堂の空間が広がります。
他のロマネスク教会堂と異なり、3つのドームで構成された身廊は、目を遮るものがなく、明るく開放的な感じを抱かせます。このようなドーム式の教会堂はフランス南西部に独特のものです。
Conques(France Midi-Pyrenees)
高窓のない身廊内は側廊の窓からの光だけで薄暗く、その向こうに交差部のドームと後陣の窓からの光を受けて内陣が浮かび上がって見えます。
身廊の長さ20メートル、身廊の高さ22メートル。教会堂の高さが強調されます。
側廊から翼廊、周歩廊と巡るとき、まるで体内の循環器を巡っているような不思議な気持ちにとらわれました。
St.Savin sur Gartempe
(France Poitou-Charentes)
身廊天井の半円筒ヴォールトは高く伸びた円柱で支えられ、側廊からの光が身廊内を満たします。
身廊の天井には有名な壁画が描かれていますが、遠景として全体を眺めると、円柱に描かれた大理石模様と一体の洗練された色彩の束となり、教会堂全体が美しい音楽を奏でているようです。この空間に身を沈めていると、一日が瞬時に感じられることでしょう。
Canigou(France Roussillon)
三廊のトンネル状の空間で構成された小さな堂内は、祭室上部等に小さな明り取りがあるだけの、暗い瞑想的な小宇宙を形造っています。
半円筒形の天井はそのまま壁となり、丈の短い円柱がその壁を支えます。石組みをむき出しにした天井や壁のあり様はまるで胎内を思わせます。
Cuxaのクリプト(France Roussillon)
上階の教会堂は馬蹄形のイスラム風のアーチを持つ初期ロマネスクの傑作ですが、そこからクリプトに下りると、更に感動的な空間が待っています。
「まぐさ桶の聖母の地下礼拝堂」と呼ばれるクリプトは、まさに宇宙の誕生といってよい象徴的な空間を形造っています。中央から一本の太い円柱が立ち上がり、そのまま360度に広がりながら、天井から側壁へと孤を描いて地面に達します。クリプト内に立つと、あたかもメビウスの環に閉じ込められたかのようで、自ら形而上学的な思考へと導かれます。
このような特異な空間を体験したのは、私には初めてのことでした。
Serrabone(France Roussillon)
光のあふれる小さな回廊から暗い堂内に入ると、目が慣れるまで一瞬の時間を必要とします。明り取りは祭室中央など数える程しかなく、淡い光に尖頭形の天井とトリビューンと呼ばれる奇妙な構造物をもつ身廊が浮かびあがります。
Leyreのクリプト(Spain Navarra)
石造りの教会堂の全重量はクリプトの柱頭によって支えられます。柱頭を支える円柱は重みに耐えかね、地中に埋没し、頭の一部をのぞかせているかのようです。クリプト内の狭い空間は重力のエネルギーに充ち、殆んど爆発寸前のように見えます。
柱頭にわずかに彫られた線描の模様が太古のまじないのように思われます。