ホテルからロマネスク教会堂を眺める
フランスのトゥールーズにあるサン・セルナン教会堂を後背部から撮影した写真には、必ずといっていいほど「HOTEL」と書かれた看板が写っています。私がロマネスク教会堂近くのホテルに泊まってみたいと思ったのは、その写真がきっかけでした。ホテルの名は「St.Sernin」。教会堂と同じ名前の二つ星のホテルです。教会堂に面した部屋からは、サン・セルナンの後背部と塔を一人占めにすることができます。
ロマネスク教会堂の聖なる空間に浸っていると、このまま永遠にここに在り続けたいとの思いにかられます。教会堂の真近に宿泊ができれば、こんな幸せなことはありません。そこからは、星空の下で沈黙している深夜の教会堂を眺めることができ、早朝の鐘の音を聞くことができるのですから。
ロマネスク教会堂の一部がホテル(パラド-ル)として使用されているのが、スペインの有名なカルドーナです。レイレの修道院も宿泊施設を持ち一般に開放されています。巡礼の目的地サンチャゴ・デ・コンテスポーラの大聖堂のすぐ脇には、大聖堂を一望できる有名なパラドールがあります。また、フランスのオルシヴァル教会堂を囲む広場には小さなホテルが並んでいて、テラスには教会堂を眺めながら優雅にワインを飲む人々の姿が見られます。
「ホテルは予約なし、日数の制約はあるがコースとスケジュールは気のむくまま」のロマネスク巡りですから、教会堂の近くにホテルを見つけたときは、許される限り宿泊することにしてきました。
フランス、ミディ・ピレネーにある聖地コンクの教会堂の前には2つ星と4つ星の2つのホテルがあります。いつも私は教会堂の入口に近い2つ星のホテルに泊まります。中世の旅籠そのままの複雑に入り組んだ構造、現在もサンチャゴ巡礼者が立ち寄る一階のカフェ、昔ながらの土地の家庭料理を出すレストランなど、身も心もロマネスクに染まるかのようです。
ラングドックのサン・ギレーム・ル・デゼールには、教会堂前の小さな広場に同じように中世の旅籠そのままのホテルがあります。
2004年10月のミディ・ピレネーの旅では、生き倒れとなった巡礼者の収容施設があったオピタル・サン・ブレーズ、そして丘の上のサン・ベルトラン・ド・コマンジュのホテルに泊まることも目的のひとつでした。いずれも、ホテルは教会堂の正面に向かって立ち、シーズンオフの10月のこと、どちらも宿泊客は私達だけで、教会堂の眺めを独占してしまいました。
スペインでは、タウールの教会堂の真横にあるレストラン経営のホテルが思い出されます。風呂、トイレ共同の小さなホテルですが、部屋の窓からカタロニア・ロマネスクを代表するサン・クリメンの塔が眺められたときの幸せは忘れられません。
盛夏、高温の大気が微動だにせず淀んでいた谷底の村ベジェには、教会堂と並んで暑さからの避難所のように1軒のホテルが立っていました。
寒村フロンタンヤには農家を改造した小さなホテルがありました。教会堂に面した部屋からは、時の移ろいとともに変化する教会堂のさまざまな表情を眺めることができたはずです(残念ながら私達はこの部屋に泊まることはできませんでしたが)。
また、レオンにあるロマネスク教会堂サン・イシドロの正面広場には、正面入口に面してホテルがあり、有名なタンパン彫刻を眺めることができます。
たとえ教会堂を眺めることが叶わなくとも、教会堂のある場所での宿泊は、教会堂と同じ空気を吸っている、同じ星明かりの下にいるとの感慨で、私をロマネスクの時代にいざなってくれます。ヴェズレー、サント・ドミンゴ・デ・シロスでの宿泊は忘れられないものでした。
いずれも旅籠といってよい小さなホテルですが、自然や宇宙、そして聖なるものに人間が謙虚だった時代、その時代の雰囲気を伝える素晴らしいホテル達です。